難波座裏「寿司ANDグリル SOUYA」にて

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難波座裏「寿司ANDグリル SOUYA」にて

ベンワークウェアを個人で営む松本とフリーでパーソナルトレーナーをする萩原の二人は、ふとしたときに、ちょっとした知り合いを介して出会うことができた。

こよなく文学に自分の弱さを直接向き合わせ、文学の中に自分を同一化することでさまざまな困難を乗り越えてきた。

文学を始め、絵画、そして音楽、哲学に至るまで、松本はいつも寝ても覚めても、それらを全体的に言えば芸術と呼べるだろうけど、松本は芸術を卓越し、触れ合った芸術を松本は自己と呼ぶ。

そんな松本に出会ったのが萩原で、立場としては萩原が松本の体を見るという関係性を持続する運命となったが、ほぼ精神的な立場は、松本が萩原にさまざまな自己と同一化した松本が見る芸術を教えられている。

終わりはない。いや、まだ始まっていない。私たちは人間について恥ずかしいことに、起源すら分かっていない。

生命の尊さ。生命の循環。生命という素晴らしい言語(パロール)は言葉(ラング)と化して、私たちに何の作用も起こしてこない。

言葉から言語に変換され、これでもかと私たち人間が徹底的に見つめ、悩み、死に近づき、さらに辛苦の精神状態になり、それでも思考を止めず、持続させることで、言語からさらにエクリチュール(書き言葉)に転機していき、世界に生命は羽ばたく。恥ずかしい話だけど、生命は単一民族である私たち日本人は、生命のこと何一つ分かっていない。

 

tak:松本さんに先日、ジャックデリダの話を聞いて、私は松本さんの分かりやすい解説のお陰で、デリダにかなり傾倒し、図書館でデリダに関する書籍を探したり、古本屋に頻繁に行っては、デリダを探す毎日です。

これは松本さんが真剣に哲学に取り組まれてきたお陰で、私は人生観を変えることができ、松本さんには感謝しきれませんが、そこでデリダの書物で「デリダ、脱構築を語る」というものを見ていましたら、そこはインタビュー形式になっていて、インタビューしたテリースミス氏のデリダに対する見方が素晴らしかったので、紹介します。

「デリダはいつも過去のテクストへと立ち戻り、それを常に新鮮に読解してみせます。しかも、それ以上に彼は哲学の過去のテクストを現在にかかわり合う方法として読み、さらに未来へと立ち向かう方法として読むのです。」

というような表現を見つけました。さらにスミス氏はデリダの哲学的な見方についてデリダに質問する際に述べた表現を次に現します。

「デリダの仕事は、強烈な、そしてきわめて徹底的な過去との断絶、哲学の過去を含む過去との断絶に結び付けられるにも関わらず、過去の哲学的テクストとの永続的な親近性を持つのです。」

と述べています。デリダはこの時代の他の哲学者には類のない哲学的表現を反復するのですが、デリダの哲学的見方を生むのは、忠実に過去の哲学をきっちりと読み、そこから適切な手順で、弁証法を繰り返しているというのです。

そこで、今回の私たちの対話形式は、松本さんにデリダを読み進めるためにも、哲学史をお話頂きたいなと思っています。松本さん、いかがでしょうか?

 

matsumoto:毎回、私の頬に冷や汗を流してもらって嬉しい限りです(笑)。とある歴史を脱構築した歴史家は文学史は存在しないけど、哲学史は存在すると述べていました。哲学史を調べてみますと、歴史には連続性がないというのが真実であるため、西欧で発生した革命の前後の時間単位には何ら関係はないんだというのが歴史の本質です。

そのような歴史の真実の中で、哲学だけは過去と現在、未来との関係性があったりするのが、歴史と哲学の深遠なる世界の深さの差異だなと思います。

18世紀に活躍した哲学者カントの影響を受けて、その後に誕生したドイツの哲学者ヘーゲルはカントの哲学、その概念の一つである道徳論から「カントは”ゾルレン”病患者だ」と言い放ちました。ゾルレンという言葉は、ドイツ語で「・・・すべきである。とか・・・すべし」という意味で、カントはよく義務として・・・すべしとよく言ってきたからです。

そのヘーゲルのカント哲学に対する批評(批評とは、相手の考えを評価し、判断するという意。私たちがイメージする陰口のような批判ではなく、適切な知識と哲学的見地において、論理学的に追っていき、追い越していくことをいう)に対して、19世紀中盤に活躍したドイツの哲学者ショーペンハウエルは、ヘーゲルを嘘つき扱いにし、「ヘーゲルの哲学こそ、ドイツの最も愚かな記念碑だ」と逆にののしっています。哲学史というのは、絶えず終わりのある一つの時間単位では語れず、哲学は一人の人間が徹底的に悩み抜き、一つの体系にしたものであるため、時間単位を超えて生き続けていきます。だからこうして、過去の哲学を見直しては、その哲学に弁証法で打ち砕き、自分の哲学に華をつけるように、止揚(しよう)が繰り返されるのです。

止揚とは?ドイツ語でアウフヘーベンという。ドイツの哲学者ヘーゲルが弁証法において活用し、その中で提唱した概念。ドイツでのアウフヘーベンには破壊する、否定するという意味と保存する、高めるという二つの意味がある。ヘーゲルが弁証法を行なうときに概念化したけど、ヘーゲル以前の哲学者たちもこのアウフヘーベンという見方で哲学的見地を高めてきていた。

 

tak:松本さん、切り口が広がりっぱなしで、脈拍がドクドクする鼓動が聞こえてくるぐらい私は興奮しています。

私は文学史も哲学史も一度も今日まで生きてきて考えたことはありませんでしたが、今日まで続いてきた哲学というのは、アウフヘーベンという作用によって、過去の哲学は覆されてきていたのですね。

matsumoto:そうなんです。私は20歳の頃に自分の未来をもっと考えたいと思って、哲学を調べるに至ったのですが、哲学者の移り変わりを眺めながら、次第に誰が誰に影響されてきたのかが分かるようになって、最初はある哲学者を調べてみても、その概念がさっぱり分からなかったのが、少しずつ見えてきて、分かりやすくなりました。

 

tak:なるほど。私は松本さんの影響で哲学を調べてますが、読んでいると少し時間が経てば、心地良く眠りについていたという覚醒がどんどん落ちる反応に悩まされます。ひょっとしたら、難しく解釈してしまう私自身、もしくは広義において現代に生きる私たちみんなが、哲学は難解で理屈っぽくて、実生活に合わないものなんだろうと、哲学的にいうと形而上学(けいじじょうがく)による思考の誤作動があるのかもしれませんね。

 

matsumoto:まったくその通りですね。デリダは晩年に世界平和に関わる活動をしていましたが、私がやってきたことは哲学の入り口の扉を少し開けたに過ぎない、と述べているように、デリダが行なってきた哲学的実践で、あれほどの文体を生み出していても、まだ始まったばかりだと言うわけです。それぐらい未知の世界の繰り返しが、その繰り返しの最中にいることが生の法則と絡めるなら、そこに哲学が存在するのではないかと思っています。

 

tak:そうですか!松本さんがデリダに見えてきました(笑)。私は傷口は閉じましたが、まだ脈を打つ鼓動はさらに音が大きくなり、思考の細胞を取り巻く血管が破裂しそうです。それぐらい哲学の話をされると、私は興奮します。哲学史についてですが、ヘーゲル以降は活躍したのがデリダやバタイユですが、やはり哲学史は古代ギリシャから見つめる必要がありますか?

 

matsumoto:哲学史の起源と言われるのが古代ギリシャになりますので、古代ギリシャは何が何でも調べて、自分の思考にいったんは入れなければいけないですね。

古代ギリシャはその後のローマから中世に向かっていく創始となるため、深く見つめることが大切です。古代ギリシャを語るために、その頃発展した文明があります。西洋最古の文明はエジプト文明とメソポタミア文明で、だいたい紀元前3000年頃と推定されています。

その文明の地域、メソポタミア平原は、ハムラビ法典や楔形文字、あるいは天文暦法(一日を二十四時間、一時間を六十分、一週を七日とする)など、すぐれた文化を遺したバビロン王国以降、私たちが生きるこの現代まで眠り続けたまま昨今に至っています。

哲学史の最初の哲学者は、ソクラテス以前の哲学者(ソフィスト)と呼ばれますが、まずはタレスという人物です。タレスは西洋哲学の祖といわれ、タレスはギリシャのミレトス生まれでした。

ミレトスは港町で、ギリシャの土地は地図で見ると分かりますが、日本と同じく山脈が多く平野に乏しく、その反面附近には島がたくさんあり、ギリシャ人は早くから船で航海に慣れ、人口の増加に従ってエーゲ海や小アジアの沿岸に進出し、植民したと言えます。タレスが生まれたこの港町であるミレトスも、ギリシャに植民された土地でした。

タレスはその後のソクラテスやプラトンをまつまでもなく、何事においても、疑問を持ち、今から二千年以上も前のタレスは、自然の動きや状態に驚きを感じ、当たり前の自然現象に好奇心を置き、何事におかれても、心を燃やしました。

そして、タレスは宇宙をつくりあげている「モト(根源)」になるものは何であるかと、不思議に心を燃やし続けて得た結論は「万物の根源は水である」でした。

タレスは自然をひたすら眺めたのでしょう。海を見る、河を見る、空からは雨が降る。私たちは天気予報をテレビやネットで一日の天候を調べますが、タレスの時代は今日の定義である情報が存在していませんので、自然を見ては、水の働きが私たちのモトになるのではと気づいたのでした。

tak:なるほど。古代ギリシャから哲学が始まったのは表面的には知っていましたが、松本さんにこうしてお話頂くと、私は今デリダに傾倒していますが、古代ギリシャをいかにして深めておくかが、デリダを知るためにも大事なんだろうなと思いました。

哲学の原理の起源はお水からだったんですね。

matsumoto:そうです。私たちは生まれたときから、水というものは私たちの手元に存在しないのも同然でした。

どういうことかといえば、水道の蛇口を捻れば水が出て、蛇口を閉じれば水が止まる。これでは、インフラ整備として水は無駄にならず、ほとんどの生活に必須ですので、満遍なくいきわたります。

しかしながら、古代ギリシャのこのタレスの時期に水と説いたのは、本当の自然から生まれた水を見て、説いていたわけです。

ありのままの現象を見てタレスは水が何もかもにおいてそれが源泉となるんだと説くことができたのは、水の物質が目に見えていたからなんですね。

そうなると、私たちが生きる現代は、哲学的に物事を見るには、あまりにも整備され、完ぺきなぐらいに合理的になっているだからこそ、哲学を生活の中に取り入れることが今見直されるべきなんだろと思います。

タレスはこの世界をみな水の変化した姿であると説き、いいかえれば、タレスはこの世界を水として直感しました。

しかし、私たちが目に映っているのは、水だけでなく、火もあれば、土もあり、この世界(コスモス、森羅万象)はさまざまですが、このタレスは、つまり水というものが、元のもの(アルケー)であり、根拠であるものを水だと考えたのです。

 

tak:松本さん、よく分かるのですが、深いところに思考が入り込むと、どうして難しく思ってしまうのでしょうか?

その要因は、私たちの生活で水というものが当たり前になりすぎているからなのか、水という物質が私たちの思考にはアルケーとして解釈の部分でそれがないのか、哲学を聞いただけで難しく、学者がやるイメージと思ってしまうのと、何らかの共通点があるように思いますが、それはなぜなのでしょうか?

 

matsumoto:そうですね。哲学というものが、19世紀以降デリダやレビーストロースたちによって脱構築が行なわれました。私たちが現実を見る目は、今では経済活動が中心となる、すなわち経済学批判を実践したマルクスの思考が一応、私たちが認識するにしろ、しないにしろ、社会を構成しています。

そのような内部構造を考えなくても生きていけるこの毎日自体に思考を修正する機会がほとんどないから、タレスが説く根源は水であると言われても、ピンとこないのは、思考の運動性がもはや固まってしまい、その欲求がそこに向かない状態になっています。

そうなると、一人一人の生きることに超越する思考を運動させると見えてくるのが、幸福論を元にしたどう生きるべきかに繋がってきますので、タレスを知る意義というのはますます高まってくるのですね。

 

tak:なるほど。哲学は学者のものではなく、私たちが思考においての現実を見るための見方を促す一人一人個人の運動性なんですね。

そこに思考自体が運動していくことが、最重要ですね。

 

matsumoto:その通りです。哲学の起源は今お話しています古代ギリシャですので、お話をしても何回してもし足りないぐらい、私たちはこの起源を知ることが思考のすべての開始状態となるのです。

話を進めていきますと、タレスには二人の弟子がいました。一人はアナクシマンドロスで、もう一人はアナクシメネスと言う弟子でした。

タレスは自然の現象から水と説きましたが、一人目のアナクシマンドロスは、この世界のアルケー(元のもの)を「無制約なもの(無限なもの)」だといい、その弟子のアナクシメネスは、「空気」だと言いました。

アナクシマンドロスがアルケーとして唱えた「無限なもの」というのは、混沌(カオス)のイメージに近く、この混沌によって世界の始まりを考える思想は、現代の宇宙論にも繋がってきます。

そしてこの混沌という状態をタレスの弟子が持ってきたのはかなりの古代ギリシャを想像することができる要素が一つありまして、それが古代ギリシャ哲学の背景にあるのが神話なのです。

 

tak:いわゆるギリシャ神話ですか?私は古本で分かりやすいギリシャ神話を買ってますが、まだ読めていません(汗)。今思い出したのは、デリダの書物もそうですが、詩人のランボー、マラルメの表現に神話で登場する人物や神話に現れ出るストーリーを対立したり、同一化する表現が確かあったように記憶しています。

19世紀以降の哲学を読むためには、古代ギリシャの哲学と神話が基礎となるような気がしてきました。

 

matsumoto:その通りですね。今は哲学史の話をしていますが、同時進行で見なければならないのが、宗教の存在です。

ギリシャ神話は、哲学の起源となっていると共に、宗教の起源にもなっています。

ここで、私たちの対話の中でもさんざん出てきていますが、ギリシャ神話と宗教を聞いたとき、ピンときて欲しいのは、ルネサンス期のから古典主義の展開を作っている白人中心主義であるキリスト教ですね。

世界のアルケーは、混沌だと弟子のアナクシマンドロスが説いたのは、世界を統一と思考する宇宙。それは現存在する世界を一つにするという思想の運動性。それがキリスト教に繋がってきます。

ここで、ギリシャ神話のある文体を紹介します。

「はじめに水と泥があった・・・。この二つについで第三のアルケーが、この二つのもの、すなわち、水と土から生まれたが、これは竜で、両側にはえでた雄牛と獅子の頭を、そのまんなかに神の顔をもち、また肩には翼をもっていた。この竜はまた不老のクロノスとも、ヘラクレスともよばれた。」

この中に出てくるクロノスは、ギリシア神話は世界の創造を、まずカオス(混沌)があり、カオスから天と地が生まれたとし、その子が巨人族(タイタン)であり、クロノスはその一人でゼウスの父となります。

クロノスはゼウスが天の神々の王座につくまでオリンポスを支配し、時の神としてクロノスはすべての始まりのあるものに結末をつけるために、自分の子供を食うとされました。

 

tak:不思議と、私はキリスト教を信仰していませんが、その後のキリスト教になっていく未来像がさらに未来に生まれた私は想像できます。

キリスト教を説くうえで、ギリシャ神話はその基盤に確実になっていますね。

 

matsumoto:そうですね。多くの宗教はその神々の歴史を、神話というかたちでもっています。

しかし、神話は哲学の発祥起源でもあり無縁ではありませんので、このギリシャ神話の引用では、この二つのアルケーから世界のなりたちを説明していて、この二つから第三のアルケーが生まれたとありました。

ところで、ギリシャ神話でクロノスとは時の神となるのです。私たちが、この神話を世界に対するいっしゅの解釈として読もうと思えば、水と泥という二つの起源(アルケー)から、時間が生じ、この世界のかたちあるさまざまなものがそれからできあがったという世界論として読めるのです。

 

tak:ふむ。ふむ。って感じですね。ギリシャ神話の解釈の入り口にも立てていませんでした。今、強烈に汗がにじんできました。ギリシャ神話から哲学と宗教が生まれたことを深く理解しないと、デリダ云々という価値は何もないですね。

ところで、神話に神がいたのか、神話を読んだギリシャ哲学者がそれを神としたのかどちらなのでしょうか?

 

 

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matsumoto:鋭い質問ですね。後に出てきますアリストテレス(BC384-322)は科学と形而上学の父とされていますが、このタレスやアナクシマンドロスとアナクシメネスのアルケー。そして、その後の哲学者であります著名なソクラテスやプラトンの哲学をまとめ、体系づけました。

要するに、アリストテレスが形而上学に結びつけている決定的な要素は、このギリシャ神話となるのです。

タレスの頃は、まだ哲学や宗教という区別がありませんので、アリストテレスの形而上学あたりから、哲学よりも神と解釈し、世界はカオスであるという見方が強くなり、まだ精神性が乏しい頃なので、人間の内面性がほとんど認識されていないため、肉体感覚に宿っていた内面性、すなわち感情や欲求というものですが、それらが現前することに気づかずに、さきに超越した神が巨大化したのではないかと考えられます。

 

tak:松本さんの解釈のお陰で、徐々に腑に落ちてきますね。キリスト教がなぜ19世紀まで否定できなかったのかは、このギリシャ神話を解釈した偉大なギリシャ哲学者の存在が大きいですよね。

 

matsumoto:本当にそうですね。ギリシャ神話で出てくる元のものであるアルケーが哲学と宗教に派生していくのが分かったと思いますが、ここで後世の人々に伝える手段によって、哲学なのか、宗教なのかに変わってきます。

ギリシャ哲学が生まれた紀元前6世紀というのは、この西洋に対して東洋においても、重要な人物が生まれています。

その方々は、中国では孔子が今日の儒教としてつたわる思想をのべ、インドではゴータマブッタが仏教を開き、世界的な思想のスタイルが誕生した時代でありました。

ここで、もう一度哲学の本質というところにぶつかります。今挙げた孔子やブッタと、西洋哲学の違いはどこにあるか分かりますか?

 

tak:ウーン。西洋と東洋の違いですよね?

鑑賞的に述べますと、西洋が華やかで東洋が地味っていうイメージですね。東洋の方が、自然から説いてるように見えますが、どうなんでしょうか?

 

matsumoto:萩原さん、なかなか良い線を言ってますよ。この時期の生まれたばかりの哲学の特徴は、合理的な考え方ということでした。合理的という言葉もさまざまなニュアンスがありますが、哲学者たちは自分たちの思想が合理的であることを、ロゴスという言葉によって表現していました。

ロゴスとはまず、明解なものであることを意味していて、西洋哲学はギリシャ神話から生まれたといいましたが、神話が、私たちを奥底からつき動かすような昏い力と、わけのわからない物語の筋をもっているとすれば、哲学とは、いわば神話の昏い闇のなかから、地中海の明るい陽光のように、明確なロゴスという姿をもって誕生しました。

 

tak:ロゴスとは言葉のことをいうのですね。ロゴスが哲学を伝える手段であり、ロゴスとは陽光のようだといえば、かなり哲学は華やかにみえますね。

そうなると、神話は哲学と宗教に派生しましたが、実際のところ私たちに哲学はロゴスとしてほとんど伝わる機能を果たせてないのは、今日までにロゴスがどこかで途切れてしまったのでしょうか?

 

matsumoto:そこで、共通であり、対立していくのが、哲学と宗教です。

ルネサンス期のローマの街がいまだに遺跡化しないで、そのままの形の建築で今も住居や商店で活用するのは、西洋は神話からロゴスで哲学を伝えたというより、宗教として、それはいわゆるロゴスではなく象徴という形として、私たちは引き継がれました。

神話を陽光のようにロゴスを伝えることが哲学として成り立たせますが、それと同時に神話は象徴という物語としても伝わっていったわけです。

先に挙げましたクロノス(ヘラクレス)は、ギリシャ神話の物語では、半分は神であり、半分は獣であるような、具体的なイメージをもった象徴(クロノスとヘラクレスという名前をもった竜)として語られています。

哲学はアルケーからロゴスを使い伝えるよりも、物語を象徴を使う方が伝わりやすいことが、人間の外部感覚の捉える機能を宗教が世界中に広がった事実により証明しています。

ここで分かりやすくするためにもう一度哲学と宗教の内部構造を解析しようと思いますが、結論からいうと、神話の語りかたは、一種の比喩(寓喩)ですが、たんに物事をわかりやすくするためのものではなく、むしろ、神話ではイメージが生きているし、さまざまに重なり合っています。これは、神話の内部構造が集団のものであるということに関係しています。

いっぽう、哲学は、個人がのべ伝えるものであり、そのとき哲学が頼るのは、言葉の力です。神話は豊かなものですが、同時にあいまいなものであって、哲学は言葉の力によって、神話にふくまれている曖昧さを削り落とし、これが哲学の明瞭さの秘密であり、いいかえれば、哲学とは合理化された神話なのです。

 

tak:なるほど。デリダの記述で、古典主義について「触覚」というトピックで論じる内容のものがありました。その中で、ルネサンス期、そして古典主義時代は、視覚(目で見える枠)に権威がのしかかり、それがまったく失われない芸術性と宗教の合有だと書いてありました。

そんな中で、アルトーという作家が描いたスケッチで目隠しされた盲目者(視力を喪った人)を取り上げていました。

視覚を奪われた人間は、触覚が活性され、視覚の権威が失われると論じられ、アルトーが絵画から詩の作品に移っていく意味論が述べていました。

神話のイメージは視覚がかなり優位で入ってきますよね。デリダたちが出るまでは、視覚が権威と結び付いていたんだなと、松本さんの話を聞いて分かりました。

*アルトナンアルトー(1896-1948)フランスの俳優、詩人、小説家。ドゥルーズやデリダに影響を与える。「器官なき身体」はドゥルーズとガタリがアルトーの言葉を元に自らの哲学的概念として展開した概念。

 

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matsumoto:さまざまな影響があることの根源は神話が視覚化、物語化、宗教化に繋がってしまう展開に私たちは人間としての固有の偏り、まあそれは人間の特異性なんでしょうけど、二度の世界大戦や今日における幸福感の喪失に繋がっているので、神話から哲学にならなかったロゴスの構造と機能が見つめ直す必要が出てきます。

そのように見ていくと、言語学を導いたソシュールや文化人類学で民族性の起源を問い直したレビーストロースに価値が高まりますね。

タレスの三人目の弟子アナクシメネスが唱えたアルケーは空気という自然の物質にもとめました。

タレスが水。アナクシマンドロスが無限なるもの。そして次が空気です。興味深いのは最初は目に見える水から始まり、次の無限なるものは、人間をはるか外側にある混沌する宇宙ときたあと、次は気体である空気です。

ここで水と空気を比べてみますと、空気の方が世界の起源の要素としてはより適したものだという理由が見つかります。

まず、空気は目にはみえない。そして息や風という間接的な手段によってしか感ずることができません。

アルケーとしてある特定にすると都合が悪いのであれば、たしかに空気は私たちが感じとれるもの(自然)のうちで、もっとも「なにものでもないもの」になり、どこにでもあり、かつさまざまに変化します。水は目に見え、触れる物質ですので、空気はそうはいかないためアルケーとして、人々に伝わりやすいと考えたようです。

 

tak:よくわかりますが、三人目の弟子になると少しずつ伝わり方を思惟してそうにも思われますが、やはりそれは先代に影響されていき少しずつ恣意的に変わっていくのは、ロゴスで伝える手段の限界というか、それが宿命なのかもしれませんね。

私たちは空気についてほとんど日常で論じませんが、ロゴスにすると、今のように空気について少しは考えてみるところが面白いですね。

 

matsumoto:本当にそうですね。哲学をすることに思考、行動、反省、脱構築が含意していますよね。

アナクシメネスが空気と捉えた理由の中に、万物がどのようにして生成してきたかを説明するのに都合がよく、つまり、空気とは運動する「物質」なのです。

 

tak:いい感じです!水から宇宙として、生成の外側だったのが、空気になると運動が起きていると捉えたのは、本質的段階だなと理解できますね。

 

matsumoto:アナクシメネスが世界の生成、変化の法則として考えたのは、空気が希薄になったり、濃厚になったりしてもたらされる変化であり、空気は薄くなると火になり(乾燥すると引火されやすいのは今も変わらない原理)、濃くなると風、雲、さらに水、土、石になり、また熱は薄くなることによってもたらされ、反対に濃くなれば冷たくなる(うちわで仰げば、空気は濃くなり涼しくなる)。

アナクシメネスは、世界の変化はこの希薄化、濃厚化の交代によって引き起こされると考えました。このアナクシメネスの空気の概念は、空気の変化によって、この世界のさまざまな現象を説明しようとした一元論(一つの原理をもつ理論。この論から発展するのがプラトンの二元論)だったのです。

 

tak:アナクシメネスもなかなか良い仕事をしてますね。ソクラテス以前の哲学者と括られますが、この三人を論じるだけでも、十分に私たちに分かりやすい原理として伝えてくれてますね。

 

matsumoto:そうですね。この三人に影響を受けてプラトンやアリストテレスに伝わっていきますからね。

もう少し、アナクシメネスについて述べさせて頂きますと、彼は人間と宇宙=世界(コスモス)を一つの原理で考えました。

 

tak:おっと!キリスト教の基板となる定義がたくさん出てきますね。

 

matsumoto:そうですね。萩原さんはキリスト教が世界に影響を与えたことを知っているから、そこに注目して、命題に対してアンチテーゼにキリスト教を定置させられています。そう考えれば、適切な知識を得るのはとても重要です。

アナクシメネスは魂は気息(プラウマ)であり、呼吸をとおして私たちの身体のなかに入ってくると考え、また空気は神であるとも言い、人間が呼吸をとおして身体にはいってくる空気=気息によって生かされているように、この宇宙=世界も、空気より生じ、空気へともどっていく。これは、人間を小宇宙としてとらえるこのような考え方は、ギリシャ哲学には根強いものとなっていきました。

 

tak:この古代ギリシャの哲学は近代から私たちの生きる現代にかけて、多少の思考の変化はあるのでしょうか?

 

matsumoto:近代あたりから人間と自然を厳密に区別することから出発していて、自然は死せる物質にすぎないとしていますが、哲学史の出発点でみるのは、人間-自然-宇宙が一体となった世界像であり、その中で、自然ということばがもっていたもう一つの意味、なる(成る、生成する)という意味も生きていたのです。

ソクラテス以前の哲学者はまだ何人かいますが、その記述はまた別日とし、有名どころを見ていくために、ソクラテスに着目したいと思います。

 

tak:ソクラテスは有名ですが、あいまいのまま知ってるって感じですが、イメージとしてはプラトンの対話編「メノン」で師のソクラテスと弟子の間で繰り広げられた対話を残したのがあまりにも知られていますよね。

*メノン。プラトンの著した対話編。副題は「徳について」。メノンがソクラテス(当時67歳)に徳は人に教えられるものかを尋ねるところから始まる対話。終わりまで対話し、最後はアポリアで終わり、デリダは生命と魂の限界点として、高く評価している。私たちが目指す対話編はこのメノンから。

 

matsumoto:その通りです。ソクラテスはブッタや孔子、キリストと同じく、何一つ書き残しませんでした。

ソクラテスが生まれたのは紀元前470年(この時中国孔子は26歳)は、ギリシャの都市国家がペルシア軍の侵略を撃退し、独立していたときで、ソクラテスの時代はアテネの繁栄が絶頂だった頃です。

しかし、そのアテネは妬みを持ったスパルタと戦い、敗れ、民主政治が堕落して、ソクラテスはそれを理由に起訴され死刑になるんです。

 

tak:なかなかの展開ですが、キリストも殺されまた蘇るのとソクラテスの物語も少し似ていますね。

 

matsumoto:たしかにそうですね。ソクラテスが後世に継がれたのは、ソクラテスが死刑にされることが神話化されて伝わったからだと思います。ソクラテスはとても勤勉で、その哲学の方法は、すなわち私たちが実践しようとしている対話法と、有名な言葉「汝自身を知れ」です。

ソクラテスと同時代のデモクリトスは、宇宙や自然の本体は何かと探求の旅を続けたのに対して、ソクラテスは「田園や樹木は何ものも教えず、ただ街の人のみが教える」とかいって、一歩もアテネの街を出ませんでした。

tak:松本さんの話はエピソード(逸話)が入るから分かりやすいですね。ところで、ソクラテスは有名ですが、何も残さなかったからか、考え方としてはあまり知らないものですね。

 

matsumoto:ソクラテスは哲学を実践した人物で、その経験はプラトンがそのすべてを引き継いだため、ソクラテスとしては、優秀な弟子であったプラトンのおかげで、今日まで知られていると思われます。

 

tak:なんと言っても、古代ギリシャは神話から哲学への道に続くのは、プラトンですよね。

 

matsumoto:プラトンになると、タレスたちは一元論を説きました。要するに、人間と宇宙、自然の一体化でした。

この変化には私たちが知るべき人間の本質が見え隠れしていて、人間が知をもって哲学をすると、必然的に人間の知が先行され、自然が外部に置かれ、人間の思考のみが語られる傾向があります。

私たちが問うべきなのは、人間と自然がどのように共存していくかというものなんです。

 

tak:そうなんですね。私たちがこうして対話をするのは、シュールなバルだったりしますので、古代ギリシャからしたらかなりのパラドックスですが、私たちは敢えて自然の中から生まれる物質を探すために、近代化、現代化されたお店で対話するんですよね。

 

 

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matsumoto:そうですね。哲学が抱える構造が現代で哲学が活かされない理由になっていると思うので、現代の時代を知るためには、私たちを含めた大衆が行くお店や街を見ることはとても重要なことです。

プラトンはプラトニックって感じで、ロマンティストでした。

ソクラテスの弟子になってから、人間が変わり、都市国家アテネがどんどん滅びていく時代をプラトンを見ていて、真剣に世の中を考えていたソクラテスに出会い、感動したようです。

プラトンは政治によって祖国と民衆を救おうとし、支配者が哲人でなければ、人類は幸福になれないと説いて回りました。

プラトンの有名な言葉である「求めよ。さらば与えられん」は、ソクラテスにプラトンが自ら哲人になろうとし、それで師を願い出るというのは、私たちにも必要な意欲です。

プラトンの著書の後半に書かれた「国家」で説いていますのが、徳という哲人に必要な考えで、理想国家を作ろうとしました。

 

tak:プラトンまでくると、グッと深みが出てきますが、理想国家まで言ってるんですね。

私たちの対話編は対話にもなってないなと思い、私の引き出しの不足から徳への導きになってませんね。

 

matsumoto:いやいや。私の方こそ。しかし、こうして実践するから、今の萩原さんの見方があるんだと思います。

私もこうして対話が出来ることで、仕事への思いも見方が深くなります。

ソクラテスとプラトン。やはり私たちの対話編の原点ですから、熱くなってしまいます。

新しい哲学の方法がこの対話法であって、相手の言っていることの矛盾を引き出す方法を弁証法(問答法)と言われました。

つまり、哲学はここにきて言葉という基準を手に入れ、彼らがこの世界のアルケーとして考えたものは、イデアと呼ばれています。

 

tak:イデアですか!私たちは仕事で話をしても、決して弁証法にはなっていませんよね。

私たちにイデアは身に付いてないかもしれません。

 

matsumoto:ソクラテスの哲学で使われるのが「正義」です。私たちが「正義」についてしゃべっているときに、誰も「正義」そのものを知って、しゃべってるわけではないということを明らかにしました。

なぜ私たちは「正義」を知らないのに、「正義」について話せるのかは、私たちの背後に「正義そのもの」があるからとソクラテスは考え、この「正義そのもの」がプラトンによって正義のイデアとなっていくのでした。

 

tak:なかなか複雑ですね。認識論や存在論にもなってきますね。

 

matsumoto:デリダを読むためには、プラトンのイデアは必須です。

三角形を描くとすると、三角形について知らないのに書くことができますが、三角形というのはただの言葉であって、ことばの決まりであるだけで、三角形は本当のところどこにあるのかという発想。これがイデアと言われます。

 

tak:なるほど。すでに三角形について自然に弁証法をしているようなものですね。

 

matsumoto:プラトンの明瞭なところは、イデアは人間の中で先に浮かぶより前にあるとしたのは、プラトンはイデアを客観的な存在として捉えていました。

デリダ的定義だと、差延や差異となるのでしょう。

イデアとは、変化しないものであり、また分けることができないようなあり方であり、世界の元となるアルケーなのです。

 

tak:なるほど。プラトンはイデアが先にあって、それを感じ取るには対話が必要だということが言いたいのですね。

 

matsumoto:そうですね。次回の対話編は、ソクラテスとプラトンの対話編を見直してみたいなと思います。

先ほど、萩原さんが言っていたように、私たちのやり取りはまだ対話になっていないんですね。

私が提唱したイデアに対して、萩原さんはその矛盾に対して、私に問いかけるというのが弁証法であり、それが対話法となります。

ソクラテスとメノンの対話は、メノンはかなりの博学だったことで、対話がソクラテスと続き、最終的にアポリアに近づくなら、かなり思考が鍛えられるでしょう。

私たちもメノンのような対話ができるように、お互いが知識を見識にして、そこに挑戦し、乗り越えなければいけません。

 

written by 萩原

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